田舎

もうすぐ春 

すっかりご無沙汰です。
雪の降らない冬はなんだか地味で
なかなか変化が見いだせません。
でもさすがに、木々の芽がふくらみ始めました。
樹は本当に気長です。
平凡に見えていた山の木々が
ある日突然気がつくと
それぞれ違う色に見え出すのです。

もうすぐ春

だいぶ大げさな絵になりました。
でも気長な木でも
この暖かな風は、こんな気分で感じているような。
そんな気がして。

ひょっとして別な理由かもしれません。
今日、新しいチェンソーを買いました。
山に住む私にとってチェンソーは
車に匹敵する欠かせないアイテムです。

いつ倒されるかとおびえている絵のようにも見えて
笑えます。大丈夫。そんなに働き者じゃないよ。
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カレン族の村 

カレン族の村の生活をもう少し紹介しましょう。
7年周期で管理された、非常に完成度の高い、焼き畑です。
竹は株にして管理され、一株ごとに管理する家が決まっています。

カレン族の村1

離れた田んぼには、小屋が用意され、ここでみんな一緒に食事が可能です。
中に食材一式がストックされています。

カレン族の村2

その中でも優れものは、まな板一体式バットです。
たちまち食事が出来上がってしまいました。
それがまた驚くほど美味しいのです。
お母さんとお父さんのどちらが食事を作り出すのか
予測不可能なのも、なんだか我が家に似ているような気がしました。

カレン族の村3

どの家も高床式で下には豚や鶏が住んでいます。食器はご飯が済むと
各自で洗います。下では米粒一つ無駄にしまいと、かわいい目玉が待ち構えています。

カレン族の村4

日向では子豚が鶏にダニやのみを捕ってもらっています。
隣の豚がお尻を出して順番を待っています。

カレン族の村5

村では時間がゆっくりゆっくり流れます。

私たちは何に対しても速度を求めすぎてのどかな時間が流れていても
見えないのかもしれません。
のろまな文明
のろまな美しさ
のろまなおいしさ

なんだか省エネの鍵がありそうですね。

タイから帰りました 

タイの村から

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チェンマイの街はその全体がアジア雑貨だ。

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サタデイバザール、サンデイバザール、ナイトバザールと人々はその広場一面を埋め尽くす。

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そこに毎日、果てしなく並べられているものをよく見ると、タイの広大で豊かな自然の中から生まれたそれぞれの文化が育て上げてきた、生きるための大切な品々だ。
それらを楽しんでみて回る街の人たちから触発され、さらに新しいアイテムが生み出される。
私はふと思う。

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私たちは何を求め歩き回るのか。自分らしく生きるスタイルを探しているのではないだろうか。それをシンプルな田舎の暮らしの中に、新しい時代のおしゃれな生き方を見いだせるような気がしてくるからではないだろうか。とりあえずお金と交換できるこの小さな心のふるさとを、味わいたいのかもしれない。

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チェンマイから車で7時間、さらに村の車に乗り換え1.5時間、パョイ村という小さな共同体にたどり着く。娘を数ヶ月村人のように受け入れてくれた村。名称未設定-12

日本から両親が来るというので、一家族総出で、魚とりを企画し私たちを歓迎してくれた。それは小川をせき止め、逃げ場を失った小魚を手づかみにして、お昼はその場で魚料理。村人は根気よく朝から日が暮れるまでこの作業(あそび?)をひたすら続ける。


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言葉が一切通じなくとも、私はこの黙々と続く行事が、精一杯もてなしてくれていることを知っている。そして地球上にこれ以上の遊びがあるだろうかと今私は思う。

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今回の久々夫婦での何とも気楽な旅行を思い返しながら、飛行機の中で眠りにつく。

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朝、中部国際空港から80k以上出せないジムニーで、我が家に向け走り出す。ひたすら山道を登り詰めていると、ふとカレン族の人が一緒だったら、「ひどいやまん中だな」というような気がしてきた。薪ストーブを焚き、庭を見回しながら、自分らしい田舎暮らしの楽しみ方を、ニンマリとあたため始めている。

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タイの秘境パヨイ村から

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あなたの創られた星がはっきり見えます。
小川には魚がたくさん見えます。
この恵みをいただくことが生きること。
大切に分け合って平和に暮らすことが
命をつなぎ宇宙の流れの中にすむこと。
今私に地球の村の朝が聞こえます。

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